人生を変えたくて何か行動できる理由、それは、未来への絶望かもしれません。
「未来への絶望は行動力に繋がる」
逆を言うと、過去の頑張り、栄光にすがると、その延長線上にある未来をイメージすると行動出来ない。
特に男性にこの傾向は多い気がするんですが
- 「今まで、こんなに下積みを頑張って、一人前になったんだから」
- 過去はこんなに輝いていた(高学歴だった、スポーツが優秀だった)」
これらの
”過去の栄光や実績や頑張り”
を見てしまい、新しい何かをやるにしても、つい、その実績や頑張りに引っ張られてしまい次の行動に移せない。
まあ、これは仕方ない事かなーとも思います。
だって、頑張ってきたものを簡単に捨てるなんて、いきなりはできませんので、、
それに、次の行動が自分にとって成果かも分からない、確実性のないものなので、、、
人は、過去の実績データから、未来を決めてしまう傾向が強い。
だってそれが、安全な気がするから。間違いない気がするから。それが細胞レベルで組み込まれた人間が生き延びるシステム・術だから。
じゃあ、どんな時に人は変わろうと思うのか
最近僕の過去を思い返してみるとわかったことがありました。
それは、
「未来への絶望が行動力に繋がる」
このままじゃマズい・・このままなんて嫌だ・・
人はそうやって真剣に思えた時に、頑張り始めるのかもしれません。
僕は、高校生の時、陸上で競歩の選手をしていました。
当時は遊ぶことも我慢して、顧問の先生に怒鳴られながら、ひたすら過酷な練習に励み、食事制限をし体をつくり、ただただ、試合に勝つことだけを考えていました。
そのたゆまぬ努力のおかげで、
全日本競歩8位入賞
インターハイ2年連続出場
国民体育大会出場
全九州大会優勝
地区歴代記録更新
各大会記録更新
という、自分で言うのもあれですが(笑)凄い結果を残せました。
しかし、反面、私生活では制限だらけ。休みもほぼなく、友達はみんなバイトして中型のバイクの免許をとってツーリングして遊んでいる。
僕は、ない時間を削り、原付免許を取ってちょこちょこと乗り回す程度(笑)
友達がうらやましかった。僕は友達が遊ぶのを羨みながら、ひたすら練習に励む日々。
心底「練習したくねーわ。遊びてーわ。」と思っていました。高校生にとって、「遊べない」って結構辛かった。
しかし現実では、選択を迫られます。
国士舘大学から、うちで陸上を続けないか?と声をかけて頂き、福岡大学のスポーツ科の特別推薦枠にも入っていました。
そう、本音の「もう練習したくない。遊びたい。」の気持ちとは裏腹に、陸上を続ける環境はバッチリ整ってきていたのです。
でも、、
全部断って、僕は陸上を続けませんでした。
理由は、
- 「陸上を続けた未来に、自分の理想は無い、別にオリンピックを目指している訳じゃない」
- 「また練習と我慢の日々は嫌だ」
と感じていたからです。
勿体ないとは言われましたが、それ以上に、過去のレールを辿った先の未来が嫌だったんです。
だから、選択肢を変える行動をとった。結果、僕は今まで理系ではなかったのに
とりあえずその時、車が好きだったことから、工学部の機械工学科へ進むことにしたのです。
話は進んで、社会人時代。
僕は工業大学機械工学部を卒業後、8年間ほど、工業プラント工事会社の現場監督をやっていました。
その8年間はいいこともありましたが、どちらかと言えば辛いものでした。
入社して4年間くらいは、右も左もわからないまま、現場に一人投入され、職人やお客さんに怒られながら体で仕事を覚える日々。
その後も、やりたくもない社内営業や客先への営業、接待。助けもない現場で一人責任者として耐えていました。
好きなことをやる時間もなかなかない。深夜まで残業したり、寝ずに二日間働いたり
憧れの上司も、夢を語る同僚もいない。みんな死んだような台詞しか言わない。
一生このままなのか、、俺もこうやって、くだらないダサい大人に染まっていくのか、、
それだけは嫌や!!このまま一生この働き方をやるなんて絶対嫌だ!
悲観的な未来を想像してはゾッとし、自分を変えよう!未来を変えよう!と行動に移してきました。
結果、8年間頑張り、手にした地位や知識、技術を捨て、個人事業主という全く違う新しい一歩を踏み出すことにしたのです。
そして今度は、「個人事業+会社員」という形に働くスタイルを変化させ、ようやくしっくり来たところです。
こうして振り返ると、僕の中では、大きな人生の取捨選択を繰り返してきた気がします。
そして、ここまで行動できた理由は
「過去が延長した先の未来へ絶望があったからこそ、過去のこだわりを捨てられた」
のだと思います。
過去に積み重ねたものを、そう簡単に手放すことはできない。でも、それじゃいつまでも過去の延長線上で生きる人生に終わってしまう。
過去の延長線上にない未来をみれば、いくらでも新しい選択肢はある。
だからこそ、いつまでも、過去が、昔が、、と見ていてはいけないんだと思う。
過去を確認するたびに、誇らしく思うたびに、過去の延長線上を生きようとしてしまう。
だから、僕は常に今の自分が歴代最高かどうか?最高に攻めているかどうか?
ということを意識するようにしている。
そう意識すれば、歴代最高の自分が作る、選択する未来がくるはずだから。
現実を変えたいと思うなら、過去の延長線上にある自分の未来を想像して幻滅すればいい。
それが一番の近道だ。
そして、プライドや過去の実績や頑張りは捨てちまえ。そうやって取捨選択を繰り返していくほど、人生の質は上がり続ける。
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